【デンマーク留学】純ジャパとして語学とどう向き合うか

遅すぎるにも程がありますが、あけましておめでとうございます。1週間ほど前にコペンハーゲンでの留学を終え帰国したほりうちです。時差ぼけからすっかり夜型になってしまい困っています。

さて、留学というと真っ先に、語学というものが連想される人は多いのではないかと思います。

デンマークの公用語はデンマーク語です。しかし私は、5か月間の留学の中でほとんどデンマーク語を使わず、英語で生活していました。国民のほとんどが英語を話せるのと、留学生向けのものを含めたコペンハーゲン大学での授業の多くは英語で開講されているためです。

そんな中、ヨーロッパ中から来ている学生の英語力の高さに圧倒されたり、デンマーク人ばかりの英語の授業で必死にしがみついたりしながら考えた純ジャパ(帰国子女やハーフなど、生い立ちに海外のバックグラウンドがない日本人)としての語学に関しての向き合い方について書いてみたいと思います。

結論から言うと

・日本にいながらでも、日本語以外の言語に触れる機会が増えるといい

・日本語が話せることはそれだけでアドバンテージ

・英語が話せることを前提として捉えるべき

・日本人の持つソフト力は英語でより活きるのでは

いつも通りまとまりはないですが、ざっくりこんな感じです。時間がある方はこの後もお読みください。

多言語が当たり前の世界

島国の日本と違い、国々が地続きで連なっているヨーロッパでは、多言語の共存は日常茶飯事です。デンマークは半島ということもあり、比較的民族は均質でデンマーク語が話されることがほとんどですが、それでも乗っている電車が国境を越えるとアナウンスがいつの間にかスウェーデン語に切り替わったり、スーパーで買える洗剤などの日用品の説明書きがデンマーク語だけでなく、ノルウェー語、スウェーデン語、英語、ドイツ語などの言語で表示されているなどと言うことはよくあります。デンマークに来てから買ったノキアのスマートフォンには、それぞれ違う言語で書かれた10冊以上の説明書が入っていて、驚いた記憶があります。

また、幼いうちから多言語に触れている人も多いようです。例えば、英語論文の授業で、「幼い頃の母国語以外の言語(英語)における経験が、今の言語の使い方にどのように影響しているのか」について関連する文章を読みグループで議論する時間がありました。そのトピックに対して私が挙げることができた経験は、中学の時に週に1回だけあったネイティブの先生の英語の授業やディズニー映画の挿入歌の英語版原曲を繰り返し聴いていたことくらいでした。しかしデンマーク人の学生の話を聞くと、家庭内で、例えば両親同士で子供に聞かれると都合の悪い会話をする際などに英語やドイツ語が使われていたり、アメリカやイギリスのテレビ番組を英語でそのまま見ていたりしたことがあるようでした。また小学生のうちから学校で英語を習うのみならず、中等教育(中学・高校)の段階でフランス語かドイツ語などの第二外国語を身につけるようです。

また、ほとんどの言語は何かしらの別の言語と似通っている点が多いです。例えば英語のapple(りんご)はデンマーク語でæbleだったり、イタリア語のper favore(お願いします)はスペイン語でpor favorだったりします。私のルームメイトは母語がスロバキア語でしたが、チェコ語が母語の友達とはお互いの言語で90%以上意思疎通できると言っていました。(一度統合された歴史があるくらいなので似ているのは当然かもしれませんが)

日本語が母語であることは不利なのか

こういった文脈で「日本語は英語と文法・語彙がかけ離れているから日本人は英語をうまく話せない」という説はよく見かけます。英語が周りに比べてできなさすぎて悩んだ時は、自分のできなさを正当化しようとこういった類の記事ばかり見ていました()。確かに上に挙げたように、ヨーロッパ系の言語、特にデンマーク語は英語と文法・語彙を共有している部分が多いので、これも一理あるとは思います。しかし、どちらかといえば、日本人は他言語の経験が特にヨーロッパの人々と比べて圧倒的に少ないのではないかと思います。上で挙げたように、ヨーロッパの人々は日々の生活でかなり他言語に晒されています。それに実際ヨーロッパ系の言語が母語でありながら日本語をとても流暢に話す人を私は多く知っているので、言語体系の話だけではないと思うのです。他にも読み書き偏重の教育制度や恥の文化など、英語を話せない言い訳は出そうと思えばいくらでも出てくるわけですが、その中でも他言語に変にアレルギーを感じないことはかなり大事なのではないかと思います。日本の場合は、ヨーロッパの言語同士ほどではありませんが文法の近い韓国語やインドネシア語、漢字で意味をつかみやすい中国語などにも幼いうちから慣れ親しむ環境があると英語にも抵抗なく向き合えるのではないでしょうか。

このようなことを考えると、外国語に晒される環境や英語を習得しやすい環境がある限りは、日本語を母語として育つことは決して国際社会で不利になるとは思いません。むしろ1億3000万人の話者がいて(デンマーク語の話者は600万人にも満たないです)、その話者のほとんどが英語を喋らない言語を知っているということは、とても価値のあることだと思います。四季の感じ方や味覚、擬態語の表現など、日本語しか持たない絶妙なニュアンスを体感的に理解できるのは日本語ネイティブならではです。むしろ英語ネイティブの人は第二言語を身につける機会は日本人が英語を学ぶ(学ばされる)機会よりも少ないでしょうから、バイリンガルになれる、2つの全く違う言語文化を吸収できるという点で日本語ネイティブに生まれたことはラッキーとすら思えます。

中身と語学は両方いる

最近「英語ができても会社では仕事ができない人が多い」とか「英語さえできれば世界が広がる」とか、語学に関するいろいろな意見をネット上で見聞きします。ですが、その議論自体あまり意味がないと思います。自分がいるフィールドがビジネスであれアカデミアであれ何であれ、社会では英語ができることは大大大前提だからです。ここでいう社会は国際社会です。インターネットも普及して国と国との間の移動が格段に安く早くなっている今、自国に閉じこもれる方が珍しいことです。英語ができることが前提だと考えると、「英語ができても仕事ができない人」はただの「仕事ができない人」です。英語だけできても、その前に自分の興味あるコンテンツだったり、やりたいことなど、中身(ソフト)の部分がなければ世界は広がりません。英語は道具だ、とはよく言われたものですが、ケーキを焼く時のオーブンくらい基本的な道具だと思います。何でも入れればおいしくなる魔法の粉ではないのです。ヨーロッパへの留学という、周りが非ネイティブでかつ英語を話す人の多い環境で、私はこれを痛感しました。

ですが、世界で十分にやっていけるソフトの力を持つ日本人は決して少なくないと思います。

私も含めて多くの日本人留学生は、ヨーロッパやアジアなど他の国の非英語圏の留学生と比べても英語力は決して高くはありませんでした。しかし、私がコペンハーゲンで会った日本人留学生の多くは自分の考えをしっかり持っていて、目的意識を持って勉強しに来ていました。その意識は他の国の留学生に劣るどころか勝っているとすら思います。(交換留学は授業だけだとかなり暇なので遊びメインで来ている学生もそれなりにいます)

インターネットの世界でも、旅行情報を検索した時の日本語によるブログ記事の多さには目をみはるし、授業でプログラミングを勉強している時にも日本語での解説記事にはお世話になりました。

こうしたソフトの力の高さがある意味で日本人が日本語以外を使わない原因になっているとは思うのですが、これに英語をプラスしたら、世界に与えられる価値や影響はとても大きなものになるのではないでしょうか。(日本の人口減少・市場の縮小を考えると日本の外に出なければ今の経済の水準を保っていられないという危機迫った事情もありますが。)

というわけで、留学が終わったところではあるのですが、英語に触れる機会をなるべく減らさないようにしていきたいと思います。お読みいただきありがとうございました。

食と農・海外留学・その他趣味についていろいろ書きます。東大農学部でお勉強する毎日です。現在はコペンハーゲン大学に交換留学中。 Twitter:@o_o_ho_o_o